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神田が傷を負ってから、もう10日がたった。 医者によると、全治2週間の怪我らしい。 ドアの外、先程からあった気配がふいに揺らいだ。 だいたい5、6分前からだったか。 いくらなんでも長すぎだろう、と思ったが、その気配の主の性格と心中を察すれば、その長さも致し方ないものなのかもしれない。 わかっていながら声をかけない自分も自分ではあるが、だいたい、そういう自分もアイツと同じような気持ちなのだろう。 コン、 コン 控えめなノックの音が教団の廊下の静寂に僅かに亀裂をつくった。長い時を経て少しくすんだ色の扉を見つめる。 いったいこの扉は、本当に彼のもとへと繋がっているのだろうか。 繋がっていたとしても、もうそれは、あと少しの間しかないのかもしれない。 そう思うと、まるでこの一枚の扉が耐え難い障害のように思えてきて、少女はきつく瞳を閉じた。 見えても見えなくても、扉の向こうにある現実は、きっと変わってはくれないのだろう。 数秒後、少女には永遠ともよべるような時間の後、扉は開かれた。 「…どうした」 「ん。ちょっと、会いたくなっただけ」 「そうか」 入れ、と視線で促すと、少女は何度も何度もくぐったことのあるドアをくぐり、部屋の中へと足を踏み入れた。 少女が入ったのを見計い、ドアを閉める。 言葉にしなくても、大体流れる空気からわかる。 大方、この怪我のことを知ってしまったのだろう。…そして、まだそれが、直っていないのだということも。 科学班の連中のうちの誰かだろうか。折角彼女に知られぬようにしていたのに、これでは自分の努力はなんだったのか。 それとも、こいつのことだ。自分が隠していたつもりでも、とっくの昔に自分で気付いていたのかもしれない。 どちらにせよ、何も変わりはしないのだ。 少女に視線を戻すと、いつものようにベッドの上に腰掛けていた。 いつからか、そこは彼女の定位置となっていた。 神田もまた、いつものように椅子に座り、いつものように肘を椅子のへりにかけた。 互いに視線を不自然に壁と床へ向けたまま、空虚な時間だけが流れていく。 「ユウ」 先に口を開いたのは、少女のほうだった。 そこで漸く神田は少女へ視線を移す。 どちらとも、暫くそのまま動かなかった。 名を呼んだはいいが、どう言ったらいいかわからない様子で、少女は床を見つめ続ける。 「リナ」 痺れをきらしたように声をかけると、リナリーは漸く顔をあげた。 何枚も表情を重ねた上に貼り付けられたかのような、微笑みが、そこにあった。 「髪、伸びたね」 「あ?」 「前は、肩の下くらいまでだったのにね」 言葉の真意が読み取れず、思わず声を上げた神田に、リナリーはもう一度微笑んで、言葉を補った。時が経つのは早いね、と。 合点がいった。おそらく彼女は、自分とはじめて出逢った時のことを話しているのだ。 もうかれこれ8年前の話だ。 最初の印象は、はっきり言って覚えていない。ただ、初めて訪れた異国の地で自分と同じ髪の色に、肌の色を見つけたという記憶だけは残っている。(ただ、彼女の肌の色は自分と同じだといってもどちらかといえば真っ白に近かったし、今もそうだ) 今の自分にそれがあるとは言えないが、入団したての頃は他人に全く興味も無かったし、むしろ敵といってもよかった。自分の生まれた島国は閉鎖されていて、異国人と触れ合うことなどそうそう無かったのだ。 どうやって自分が生き残るか、そのためにはどうしたら強くなれるのか、考えることはそれだけだった。 8年前に逢ったといっても、実際彼女が自分を認識したのはいつだったろうか。彼女もまた、他を拒絶し、その上自分自身でさえも拒絶しているような身であったから。 接点など皆無だった。視線が交わることすらない関係。 それが、変わったのはいつだっただろうか。 この気持ちに気付いたのは。 時は経った。経ってしまった時を、戻せはしない。 いくら願おうとも。 再びおとずれる沈黙。 この時間さえも、大切な時間に変わりはない。 何も言えないかわりに、あと少しだけ、ここに居てもいいだろうか。 荷を背負わすようなものを、何ひとつ残しては逝かないから。 それが、己の我儘だとしても。 10日前に負傷した、右肩の傷が疼いた。 終焉は、近い。 |